カーボンクレジットの仕組みと農業の役割
カーボンクレジットとは、温室効果ガスの削減・吸収量を「クレジット」として国や認証機関が認証し、これを排出企業などが購入して自社の排出量と相殺できる仕組みです。日本では、国が推進する「J-クレジット制度」で、農業者もクレジットを創出できます。
農家が営農で取り組んだ温室効果ガス削減・吸収の成果は証明されてクレジット化され、企業などに販売することで収益になる仕組みです。
農業分野では、CO₂排出源である一方、適切な農法で土壌に炭素を蓄えるカーボンシンク(炭素吸収源)にもなります。
具体的には、水田の水位管理や有機物の活用、機械・飼料の改善などで温室効果ガスの排出削減や土壌への炭素貯留が可能です。例えば以下のような取組がクレジット創出につながります。
通常より中干し(湛水を一時的に止める期間)を延長することで、嫌気性のメタン生成菌の働きを抑え、メタン排出量を約3割削減できます。
- バイオ炭の施用:
焼却せずに炭化した有機物(木材・竹など)を土壌に埋め込むと、炭素が大気中に放出されず土壌に長期間閉じ込められます。
- 有機物(堆肥等)の活用:
堆肥や農業残渣を土壌に還元すると、有機炭素量が増えてCO₂の吸収量を増やせます。
- 省エネ農機・施設の導入:
低燃費型トラクターや高効率暖房設備の導入で燃料消費を抑え、CO₂排出を減らします。
- 家畜排せつ物管理・飼料改善:
メタン発酵槽の設置や飼料にアミノ酸を調整した低排出型飼料の利用で、家畜由来のメタンや亜酸化窒素(N₂O)排出を減らせます。
日本の動向:制度・支援策
日本政府は2050年カーボンニュートラルに向け、あらゆる分野での削減・吸収増加を推進しており、農業分野でもJ-クレジット制度の活用を重視しています。2023年10月には東京証券取引所にカーボンクレジット市場が開設され、J-クレジットの売買が開始しました。
さらに農林水産省は、「みどりの食料システム戦略」(令和3年策定)の下で農業分野のプロジェクト登録やクレジット認証を支援する施策を進めています。具体例として、2024年度から稲作での中干し延長とバイオ炭施用に特化したクレジットの取引区分が東証市場に新設される予定です。
国の支援も拡充しています。2025年度には農業分野のJ-クレジット創出を総合的に支援する事業(農家への計画策定支援や審査体制強化など)を公募しました。また、J-クレジット制度事務局ではプロジェクト計画書作成のコーチングなど申請手続き支援サービスが用意されています。
地方自治体やJA(農協)も独自に動き、自治体の温暖化対策計画やJAの研修会などで農家への周知・支援が図られています。
農業分野の取り組み事例
実際の現場でもクレジット創出が始まっています。2023年度には、農林水産省の認証委員会で「水稲中干し延長」や「家畜排せつ物管理変更」「バイオ炭施用」など複数のプロジェクトが認証されました。全国規模の事例では、Green Carbon社が主導する稲作コンソーシアムで中干し延長の取組が行われ、約6,220t-CO₂分のクレジットが認証されています。
同じく企業連携のフェイガー脱炭素農業協会でも中干し延長により約5,955t-CO₂が削減されました。畜産分野では、北海道のFarmnote Dairy Platform社が家畜排せつ物の処理方法変更で約149t-CO₂の削減量を認証しています。
企業の取り組みも活発です。
建設業の鹿島建設は、新潟県十日町市の農家と協働し創出したクレジットを購入しました。
2024年度には全国1,221農家が中干し延長に参加し、135,944t-CO₂のクレジットを創出(2025年5月認証)しており、農業由来クレジットとして国内最大級の規模です。こうしたモデルでは、農家は米に「環境配慮米」の付加価値を与え、企業はクレジット購入で脱炭素に貢献する好循環が生まれています。
支援制度・サービスの紹介
農業者がJ-クレジットに参画するには、制度理解や申請手続きが必要です。前述の通り、国や事務局による計画書作成支援のほか、民間のコンサルティング企業やコンサルタントサービスも増えています。
例えば、フェイガーやグリーンカーボンなどの企業は、クレジット創出の技術支援やクレジット売買の仲介を提供しています。これらを活用することで、農家は専門知識がなくても取り組みやすくなります。
さらに、2025年度の公募では事業費補助も予定されており、クレジット創出プロジェクトの経費負担が軽減される見込みです。農業団体やJAも説明会を行い、導入支援に取り組んでいます。
今後の展望と導入時の留意点
カーボンクレジット市場は成長が見込まれています。政府は2026年度から排出量取引制度の本格稼働を予定しており、企業側のカーボンプライシング需要が高まるなか農業由来クレジットの需要も拡大が予想されます。
農業者にとっては新たな収益源となる一方で、制度運用上の注意点もあります。クレジットは「追加性」や「永続性」など品質基準を満たす必要があり、確実に温暖化対策効果が担保されることが条件です。
また、導入効果は地域や年ごとの気象条件に影響されるため、現地の水利事情や作物への影響を慎重に見極める必要があります。現状では制度運用のコストや審査遅延の課題も指摘されており、農家単独での参画には負担もあります。
一方で、産地組織や協同プロジェクトで取り組むことで課題を克服する動きが出ており、今後は事例が蓄積され、制度導入の敷居が下がっていくと期待されています。
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出典:温室効果ガス削減 中干し延長でJクレジット、今後さらに広がる勢い|JAcom 農業協同組合新聞
出典:Jクレジット制度の活用。農業収益と環境貢献の両立に役立つ!? - 農業メディア│Think and Grow ricci
出典:東京証券取引所カーボン・クレジット市場において農業分野の売買の区分が新設されます:農林水産省
出典:令和7年度農業分野のJ-クレジット創出推進支援事業の公募について:農林水産省
出典:農林水産省:Jクレジット拡大資料
出典:申請手続支援 | J-クレジット制度
出典:J-クレジット制度における農業分野の排出削減量認証:農林水産省
出典:鹿島建設に農業由来カーボンクレジットを提供 - 株式会社フェイガー
出典:Green Carbon株式会社:福島県天栄村との取り組み
